UMICO ウミコ

海のある暮らしを楽しむ。Life&Culture Web Magazine

御前崎市シティプロモーションサイト

REPORT

海のある暮らしが私に与えてくれたもの

野崎美穂さん
ファッションスタイリスト兼
コーヒーショップ店主

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御前崎の「なぶら市場」から車で5分。
よく晴れた日には海越しに雄大な富士山が顔をのぞかせる“エイゴ坂”を登るとほどなく、
製材所と畑にはさまれたその店はある。
〈GOOD DAY COFFEE〉。
ファッション誌などのスタイリストとして東京で活動していた野崎美穂さんが、
移住してオープンしたコーヒーショップだ。
九州に生まれ、都会に憧れていたはずの彼女を惹きつけるほどの御前崎の魅力とは、
なんだったのだろう。
それを知りたくて、彼女のもとを訪ねた。

Episodes
1.家を借りるまでのこと。ステキな海のこと。
2.やさしい人たちがくれた、新しい暮らしのカタチ
3.いい一日を、コーヒーから

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「装ってから、お会いしようと思ってたんですけど」
おもむろに手にしたハットをちょこんとかぶりながら、今しがた着いた風な慌ただしさで、手作りの木製カウンターの向こうの野崎さんは伏し目がちに笑った。ほがらかなその表情に、ちいさな小屋をヒンヤリさせていた初冬の朝の空気がフワリとあたたかくなる。午前9時からの取材は、スローライフを満喫している彼女を急かしてしまっただろうか。ストーブに火をつけ、BGMにゆるいサーフミュージックを選び、コーヒーを淹れるためのお湯を沸かす。開店準備があらかた整うとこちらに向き直り、また照れたように笑いながら言った。
「じゃあどうぞ、始めてください」

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1.家を借りるまでのこと。ステキな海のこと。

温泉街として名高い大分の別府に生まれ育った野崎さんは、東京に憧れ、スタイリストの道を選んだ。彼女の携わった雑誌やブランドを聞けば、ファッション好きならずとも知っている名がズラリと並ぶ。中にはハイブランドや流行の先端を追っている女性誌もあって、あらためて彼女がこの田舎まちにいることに、すこしおどろく。御前崎を訪れたのは、友人のモデル(それこそ誰でも名を知っているような)に勧められたのがきっかけだったらしい。

「東京にいたころサーフィンをはじめて、御前崎にいい先生がいるから、って紹介してもらったんです。ハワイに住まわれていた、業界ではけっこう有名な方なんですけど。それで来てみると、どのポイントに入っても、プライベートビーチみたいに人がすくなくてビックリしました。『なんてステキところなんだろう』って(笑)。都内からよく通っていた千葉の海なんかは、サーファーの数がすごかったので」

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それから御前崎に家を借りるまで、長くはかからなかった。

「ひんぱんに通うようになって、いつでも自由に来れるように『お家がほしいな~』、って思い始めたんです。ホテルだとチェックイン・アウトの時間を気にしなければならないので。それで家賃を聞いたら、都内の駐車場と同じくらい安い。とりあえず借りてみると、あまりに居心地がよくて、いつの間にかこっちで過ごす時間が長くなり、仕事があるときだけ都内に行くスタイルになっていきました。御前崎って、サーフィン目的で移住してくる人がたくさんいるんですよ」。

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ぽつりぽつりと懐かしむように言葉を紡ぎながら、彼女はコーヒーの準備を進めていく。カラカラと豆をミルに放りこむ音が心地いい。毎日のルーティンワークなのだとわかる、こなれた手つき。都会でバリバリのスタイリングをしていた手が、今、ゆったりとコーヒーを淹れている。その光景は、海のあるまちに、とてもよく似合っている気がした。

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御前崎がサーファーに愛されるのは、西風なら内海(駿河湾)、その逆なら外海(遠州灘)と、風向きによって海を選べる夢のような環境だから。サーフポイントも多い。

2.やさしい人たちがくれた、新しい暮らしのカタチ

新しい生活には、新しい出逢いが待っていた。

当時サーフィンで知り合った今のパートナーは、スノーボードのインストラクターで、長野の白馬で務めていたショップを譲り受けたばかり。そこから夏は海の御前崎、冬は雪山の白馬、そして仕事は東京と、3拠点を往来する生活が始まった。「御前崎のいいところですか? 海以外で? うーん、人、かな。みんな本当に、すごいやさしい。いただきモノも多くて、野菜もそうだし、お魚は特に絶品。みんな釣って来てくれるんですよ。そのうち移住者の知り合いも増えて、集まってバーベキューしたりとか」。

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だんだんと東京の家は物置状態になり、2011年の震災をきっかけに引き払うことに。

「あっちこっちに行き来するのに疲れて、どこか1つ無くしてしまおうって思ったとき、それが東京だったんです。周りからは『なんで仕事のメインの場所を⁉』って不思議がられましたけど、私の中ではもう生活のメインじゃなくなっていたのかもしれません」

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食卓にはその日に採れたみずみずしい野菜や魚がタダという贅沢なオマケつきで並び、隣にはパートナーがいて、友人がいて、海があって……。毎月高い家賃を捻出して都会で暮らさなければならない理由など、もうどこにもなかった。野崎さんは友人と畑をはじめ、「朝起きて、海に入って、畑やって、ランチして、また畑やって、海に入って、日が暮れる。そして相変わらず、仕事があれば東京」。そんなスローライフを絵に描いたような日々を、しばらく送っていた。

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「なかなかやめられないくらい快適だったんですけど、このままじゃいけないなとは思っていて。彼に『何かしたいことないの?』って聞かれたとき、そんなに真剣に考えていたわけでもないのに、思わず『コーヒーやりたい』って言っちゃたんです(笑)」

カウンターの向こうから、ペーパーフィルターの上でこんもり盛り上がったコーヒー豆の芳醇な香りが漂ってくる。

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「トレンドもいいけれど、自分が気持ちよく、ステキに暮らすための洋服ってすごい大事だと思います」。暮らし方を変えてから、アウトドアやライフスタイル系のスタイリングの仕事が増えたという。

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3.いい一日を、コーヒーから

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東京にいたころから、どんなに忙しくても、朝10分早く起きてハンドドリップのコーヒーを淹れるのが日課だった野崎さん。淹れることには「まあまあ自信があった」と笑う。パートナーの後押しもあり、海で知り合った製材会社の社長に相談すると「ここ、使っていいよ」と快く物件を提供してくれた。海に親しむ人たちの大らかさが伝わるエピソードだ。それから手動の焙煎機を手に入れ、自分のこだわりにかなうまで試行錯誤を繰り返した。はじめはコーヒー豆販売の店にするつもりだったが、「美味しいから、みんな飲みたいと思うよ」と前述の社長に言われ、現在のカフェ&ロースターというスタイルに落ち着いたという。

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「“モバイルコーヒー”っていうのが、モットーなんです。ちいさな焙煎機とともに、どこでも行きますよって意味なんですけど。宣伝もかねて、マルシェやマーケットみたいなイベントには顔を出すようにしています。コーヒーをはじめたことで、展示会にコーヒー屋さんとして呼ばれたり、サーフィンの知り合いと仲が深まったり、冬は白馬まで遊びに来てくれたりして、新しい付き合い方というか、つながりが増えました。

もう、スタイリストが本業だったころには戻れないですね。今も奇跡的にお仕事はいただくんですけど。それは本当にありがたいなと思っています。でも、今のライフスタイル、これが正しい道かもしれないですからね。あ、コーヒー入ったんで、よかったらどうぞ」

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〈GOOD DAY COFFEE〉の由来は「おいしいコーヒーからいい一日を始めてほしい、Hava a good day の意味もある」という。そのあたたかいコーヒーを飲むと、彼女が御前崎からもらった“ゆるやかさ”のお裾分けをしてもらえたような、和やかな気持ちになった。

店を出て振り返ると、窓越しにカウンターでたたずむ野崎さんのシルエットをつつみ込むように、海のまちの陽光がキラキラ輝いていた。次に来るときは、どこかにやってしまったハンドドリップのセット一式を揃えて、豆を買って帰ろうと思う。彼女のこだわりの焙煎に耳を傾け、じっくりと選んだコーヒー豆を。

写真:中村ヨウイチ 文:志馬唯

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