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Sea Life Story's vol.27

「子どもから、次の子どもへ」。ローカルコミュニティの未来のつくりかた

NPO法人Earth Communication
代表 川口眞矢さん
「子どもから、次の子どもへ」。ローカルコミュニティの未来のつくりかた

子どもたちへの
自然体験活動やビーチクリーンなどを通じて、
まちの未来を育もうとする人たちがいる。

彼らの活動には、現代人が忘れかけている
大切な何かが、確かにあった。

これは、
NPO法人〈Earth Communication〉に集う人たちと、
その代表・川口眞矢さんのつむぐ、壮大なストーリー。

Episode.1 体験プログラムは「きっかけに過ぎない」
Episode.2 原体験が心身のバランスを保つ

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体験型プログラムは
「きっかけに過ぎない」

それは、大きな森をつくる営みのようだった。

「ここで育った子どもたちが大人になり、またその次の世代の子どもたち、そしてさらに次の世代へつないでいく―。ぼくがいまやっているのは、その“いい循環”を生み出すための、ほんの入り口でしかありません」

子どもにとって、自然体験活動やビーチクリーンは、たった1回でも価値のある活動だ。少年・少女時代に山でキャンプをすれば、そのとき学んだ飯盒(はんごう)の使い方と香ばしい白米の味は、成人してもおいそれと忘れたりしないし、清掃活動にいたっては、ひとときでも物理的に海がキレイになるのだから、たとえその内容をすぐに忘れてしまったとしても、十分に意味がある。

しかし、NPO法人Earth Communication(アース・コミュニケーション)の代表・川口眞矢さんは、その素晴らしさを伝えるだけにとどまらず、「その先の未来をどうつくるか」を常に考えているようだ。彼は、小中学生が地域の自然や文化を学ぶ活動を自主的に行いながら、市の社会教育課とともに体験活動プログラム『御前崎クエスト』を主催している。

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その活動内容は、主に3つある。1つ目は、キャンプや海釣り、屋外調理や地元の散策、竹林整備など、年12回の体験活動を通して、子どもたちが学び、成長する場を提供すること。2つ目は、そこで学んだ子どもたちが、今度は教える側の立場に回る、中学生から社会人までを対象にした「リーダー育成プログラム」。そして3つ目は、御前崎クエストにまだ参加できないような、低学年や未就学児が親と一緒に参加できる「親子プログラム」。

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「最初はメンバーとして参加し、次はリーダーになり成長して、やがて親になったら自分の子どもと参加してもらえる流れをつくれればいいなと思っています」

御前崎クエストがはじまって数年が経ち、いまその理想に近づきつつあるという。それぞれの世代の参加者も増えているそうだ。しかし、前述したとおり川口さんが目指しているのはさらにその先。このプログラムのためだけに人が循環する流れをつくるのではなく、御前崎クエスト自体を、まちが活性化していく仕組みのひとつにしていきたいと考えている。

「御前崎って、海もあって山もあって、比較的それぞれが濃いじゃないですか。湾で静かな場所もあれば、すごい荒れるところもあるし。山に行けば茶畑もあって田んぼもある。いろんな側面があって、それを生業にしている人たちがいる。子どもたちがそういう場所を見に行かないと、自分も家業の農家を継ぎたいとか、漁師を継ぎたいとかって気持ちにもなれないでしょう? その担い手になる人を育てるってことも踏まえて、参加することであらためて自分たちのまちを見直して、いいところに気づくきっかけにしていければいいですね」

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原体験が
心身のバランスを保つ

御前崎クエストの活動は、川口さん自身の過去の体験によって支えられている部分がある。彼がどんな幼少期を過ごし、どんな経緯でいまの職業に就いたのか、語ってもらった。

「父方の祖父は海の人、母方の祖父は山の人でした」

幼少期の川口さんは、2人の祖父に遊んでもらいながら、自然との付き合い方を徹底的に教わったという。御前崎で漁師をしていた祖父からは、釣り、泳ぎ方、魚の捌き方などを、富士山のふもとで大工をしていた祖父からは、木の扱い方、山の歩き方などを学んだ。楽しいことは、身につくし、忘れない。「いま教える側になって、その原体験がすごく生きていると感じます」。

やがて小学生のとき出逢った素晴らしい恩師の影響で、川口さんは教職に憧れるようになる。しかし教員を目指し受験した大学の面接で、その夢はあっけなく潰(つい)えた。

「遊びを教えられる先生になりたい、って言ったんですよ。そしたら『これからの時代に、キミみたいな教師はいらない』と言われちゃって。じゃあ行きません、と(笑)」

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そして海洋生物や自然環境などを学ぶ専門学校に進学。2年後、卒業したはいいものの、すぐに働き口が見つからず、海外を放浪する旅へ。いくつかの国を巡った後に帰国したが、特にやりたいことも見つからず、あるとき、児童福祉施設のボランティアに参加してみた。「そこがたまたま、自然のなかで体をつかった療育にチカラを入れていて。やっているうちに、やっぱり子どもたちと関わる仕事がしたいよなぁって思うようになりました」。そのまま施設で働くようになり、最終的には責任者に。そのかたわらで、自然体験活動を行う各地の団体へ勉強のために頻繁に足を運ぶようになった。はた目にはプライベートも仕事も好きなことを選択して、自由を謳歌しているように映っていたが、とつぜん体調を壊して倒れてしまう。原因は過度のストレスだった。

「『命を落としてもおかしくなかった』と医者から言われる始末で。自覚はありませんでしたが、身体のなかはボロボロだったみたいです。責任者として、気を張っていたのかもしれませんね」

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そして川口さんは、ライフワークバランスを保つにはずっとやりたかった道に進むのがいちばんだと、思い切って施設職員を辞め、自然活動家になることを決意。すぐに知り合いの団体から声がかかり、現在のような活動をする職に就いた。のちに、故郷である御前崎市の職員と、これからの教育について話し合ったことがきっかけで、地元で活動していくことになったのだという。

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そこにカエルがいれば
寄り道したっていい

御前崎クエストの活動は月に1回。「年間のベースとなる活動計画はありますが、毎年、12回分がまったく一緒にならないようにしています。それも、いろんなスキルが段階的にレベルアップしていけるよう、各活動につながりを持たせたうえで内容をつくっています」。この日はシュノーケリングの予定だったが、雨による影響で体育館での活動に変更となった。

「その回によって目的はさまざまですが、シュノーケルの場合は海の楽しみ方や知識に加えて、連帯意識や集団行動における役割分担を学ぶ機会でもあります。海に入るなら、2人1組でバディを組ませるのですが、コミュニケーションが取れなくなるという物理的な部分と、すくなからず怖いっていう精神的な部分が合わさり、自然と『集中しなきゃ』っていう意識が本人たちに芽生えるんです。その責任感・連帯感が、最終ステップであるキャンプでの行動につながっていきます。」

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危ないからやめるのではなく、危ないからこそわかる、大切なことがある。それは海や山の危険を熟知している川口さんがいるからこそ、できる活動のように思う。

「ホントに行政が、よくOKしてくれているなって思います。だからなのか、次世代のリーダーを育成するプロジェクトも、御前崎は予想より比較的早いペースで体制が整いつつあるんですよ。役所の関係者の方々にも『疑似的な体験じゃなく、本物をちゃんと体験した上で、人の痛みを含めていろんなことを理解してほしい』という考えの方がいらっしゃって、すごく協力的にしてもらえるので」

その日は体育館でひとしきりコミュニケーションを目的としたボールゲームを行い、後半は雨が弱まったので、近隣の神社の御神木の見学へ行くことになった。
『地域の歴史文化を知ってもらい郷土愛を深める』のも、Earth Communicationの活動目的のひとつにある。

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神社へ向かう道中、男の子が叫んだ。「あっ!カエルだ」。その声に、みんなが振り向く。「つかまえたよ!」数人が、声のした方へかけよった。「こっちにもいた!」別な子が懸命に叫ぶ。ほぼ全員が、自分の周りをキョロキョロと探しだす。やがて川口さんが、取ったカエルを手の平に乗せた。「こうやってひっくり返してお腹をなでると、おとなしくなるんだよ」。真剣なまなざしが、川口さんの手に注がれる。それを聞いた何人かの子が真似して、カエルをひっくり返す。

後のインタビューで、川口さんは言った。「ああいう知識って、ネットや図鑑で知るだけと、実際にやってみるのとでは、まったくちがった体験になる。中学生までふくめ、あんなちっちゃなカエルでワーワー盛り上がれるって、やっぱり本物をあんまり見た経験がないんだろうなと」。

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この一連の遊びは、予定されていたものではない。カエルが現れたことによる、いわばイレギュラーだ。本来の目的は神社に行くこと。しかし自然のなかに身を置けば、ハプニングは付きもの。それが楽しいことでも、危険なことでも。いつ起きるかわからないから、起きたときに楽しみかた、対処の仕方を教えておくのだろう。そして対応力が磨かれる。これが自然のなかで遊ぶ醍醐味でもある。彼らを見ていると、パソコンやスマホのなかに情報はあるが、そこには予定調和しかないのだと改めて気づかされる。

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最後に、Earth Communicationでの活動を経て、子どもたちがどう変わっていくのか、聞いてみた。

「日本の学校だと、基本的に“答えがあること”を教えている。だけど自然のなかに出たら、その時々で天気もちがうし、それによって景色もガラッと変わる。自分がこうだって思ってたことがまったく通用しなくなるから、その都度自分で判断して、答えをつくり出さないといけない。大変さはあるけど、やっぱり『子どものうちだからこそ』、その大変さを楽しみながら乗り越えられると思うんですよ。それを繰り返していくから、1年よりも、2年、3年と継続している子たちのほうが、行動も思考も人間的にも、はるかに成長しているなと感じますね」

自然のなかで遊ぶとき、子どもたちのみずみずしい表情は、いっそう輝きを増す。その輝きが増えるほど、ローカルコミュニティの未来は明るくなっていく。やはりどんなに文明が発達しても、子どもたちには自然のなかで身体をつかって遊び、学ぶことが必要なのだろう。いくらネットやTVゲームに熱中したところで、コントローラーを握りしめたまま“あの表情”になることは、まずないのだから。

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写真:朝野耕史 編集・文:志馬唯