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Sea Life Story's vol.28

画家〈 JIRO 〉の世界

画家 鈴木次朗さん
画家〈 JIRO 〉の世界

はじめての展示会は、ニューヨーク。
2度目の展示会は、ルーブル美術館。

まだ絵を描きはじめて数年しかたっていないという
JIROさんのキャリアは、
アーティストが初期に通る既定路線とはちがい、
すでに華々しさがある。

彼の作品がいかなるものか、
そのバックボーンになにがあるのか。
画家の人となりを知りたくて、
海から車で10分ほどの山間にある、
自宅兼アトリエを訪ねた。

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世界を旅して、
北海道で絵描きになった。

あきらかに1人しか入れない手狭なスペースに、小さな机と画材。自宅の2階の片隅につくられた、小窓から裏庭の緑を望めるその場所が、彼のアトリエだった。ちいさな本棚のうえに、最新の作品が立てかけられている。

「あまり自分の絵を家に飾ることはしないんです。これはいま描いている途中なので、たまたまここに置いてあるだけで」

その絵の中央には、真っすぐなまなざしでこちらを見つめる、一匹のシカがたたずんでいた。彼の作品特有の、すべてが不思議なサイズ感―山脈よりも、草木がはるかに大きいとか―の構図は、眺めているうちに、なぜか心に安堵をもたらしてくれる。それはふだん人が踏み入れない領域、たとえば深海に潜ったような、あるいは神秘の森に迷い込んだような、いわば雄大な自然だけが持っている優しさに似たものを、彼の描く色彩の世界に感じるからかもしれない。モチーフのほとんどは、海と山と動物と植物だ。

「ボクがおもしろいなとか、すごいなと思った瞬間を集めてますね。この世界は感心することばかり。生き物や植物って、ありのままで完璧じゃないですか。それぞれがそれぞれの姿で、思いっきり生きていて。そういうものを、幼いころからずっと自分のなかにあった世界観で描いています」

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長野に生まれ、幼少期を北海道で過ごし、少年時代を石垣島で送った、アーティスト〈JIRO〉こと鈴木次郎さん。大学で九州へ上京し、卒業する間際に「いまの自分には何もない。このままじゃ、“本当の自分の人生”を生きることなく、一生を終えてしまう」ことを恐れ、海外へ飛び出す決意をする。オーストラリアで働いた後、カナダで現地のツアーガイドのような仕事をして暮らし、やがてアメリカからペルー、ボリビア、チリを巡る中南米大陸縦断の旅へ。彼の描く、たとえば地球のすべてを一枚の絵の中に閉じ込めてしまうような壮大なスケールの作風も、そのバックボーンを聞くと、妙に納得できる。

「旅をするなかで、たくさんの表現者に出逢いました。自信を持って自らを『アーティストです』と言える彼らは、シンプルにすごくカッコよかった。生きるうえで、ボクも何かをしたい。その思いが日増しに強くなっていきましたね」

大陸縦断の前、カナダから帰国し、北海道のホテルに住み込みで働いていた折に、仕事以外の時間があまりにも手持ち無沙汰だったので、絵でも描いてみようかとスケッチブックとペンを購入したという。

「最初は意味もなく、ぐるぐると線で模様を書いていたんです。そうしているうちに『ああ、そういうえばオレって、子どものころ、絵をかくの好きだったよな』って思い出して。うん、これだな、これをやって行こう!って思えたんです」

それが2015年。
幼いころから、ずっと沈黙しながらその日を待っていたであろう彼の人生の歯車が音を立てて噛み合い、回りはじめたときだった。そのころは初の展覧会がニューヨーク、次いでルーブルになるなんて、本人すら思いもよらなかっただろう。

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絵とは何なのか。
「いまのところ、その答えははっきりしている」

JIROさんが静岡の御前崎で暮らしはじめ、家を建てるまでになったのは、カナダで知り合った奥さんの実家がこの地だったからだ。婿養子に誘われ「それもいいかな」と快諾したというエピソードを語ってくれたが、そこにも飄々としている彼の屈託のなさというか、表面ではなく深いところにあるものを大切にしているスタンスが表れている気がする。

「なんでこんなに田舎に来たの?とはけっこう聞かれますけど(笑)。いままでいろんなところに行って感じてたのは、よく『ここは神聖だ』って言われる場所があるじゃないですか。オーストラリアだとウルル(エアーズロック)とか。だけど本当は神聖な場所とそうじゃない場所の境界なんて、ないんじゃないかなと。ここは神聖だから大事にしましょう、ここはちがうから汚してもいいよって、そんな馬鹿な話はない。おなじ地球なんだから、みんな一緒じゃなきゃおかしいでしょう、と考えています。ものすごく美しくて、感動する景色もたくさん見てきましたけど、この御前崎にある命たちだって、すごい感動するし、美しい。だからどこに居たっていいじゃん、という思いがありますね。ただ、都会だけは、ちょっと住みたくないです(笑)」

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自然は平等。そのスタンスは一貫していて、作品にたびたび描かれる「連なる山」について、カナダのロッキー山脈にインスパイアされているのかと尋ねたときも、「それもありますけど、どちらかというとこの静岡の山並みかもしれない」と意外な答え。いま昼間は送電線の整備の仕事をしていると前置きしたうえで、「そこ(電柱や鉄塔)からの景色が、けっこう綺麗なんです」と笑った。ふつう世界各地を旅したら、おいそれとは行けない名所などの記憶を特別なものとして扱う。しかし彼にとっては、カナディアンロッキーも、名もなき静岡の山並みも、きっと等価なのだろう。
——愛のある人。
その言葉がしっくりくる人だなと感じていたら、ぽつりぽつりと、こんなことを語りはじめてくれた。

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「ずっと『絵』って何なんだろうという疑問があったんです。生まれてからこれまで受け取ったものを、絵にしているつもりなんですけど、じゃあオレが受け取ったものって何だろうって、ずっと考えていた。そしたらあるとき『あ、愛かな、LOVEなのかな』って思ったんですね。この宇宙のいたるところから発信されている愛を自分なりに受け取って、それを絵に変換して表現してるのかなって。だから、最後はやっぱり愛だと思ってますね。実はこれを言うのは恥ずかしいかなって思ってたんですけど、素直にそう思っているから、いまはそれを言ってしまっていいやって。絵もそうですけど、誰に何を思われようが、本当に自分が表現したいものを恥ずかしがらずに出しちゃおうと。それが楽しいし、気持ちいいし、現時点では、これだなって思ってますね。そうやって死ぬまで書き続けたいし、最後の一枚がどんな絵になるか楽しみでもある……。そう、やっぱり楽しいんスよ。絵を描いてると。めちゃくちゃ(笑)」

娘さんと一緒に描いたという一枚。カラフルで楽しそうな色遣いに癒される

娘さんと一緒に描いたという一枚。カラフルで楽しそうな色遣いに癒される

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最後に、御前崎で暮らしてみて、どう感じているのか尋ねてみた。

「朝起きると鳥の鳴き声が聞こえて、いい空気吸って、子どもがいて、好きな絵を描いて……幸せっすね(笑)。だからすごく、僕らの日々の生活に関わってくれているいろんな人には、感謝の気持ちしかないです。本当に、ありがとうって」

画家・JIRO。
彼の描く世界は、人をハッピーにする色彩にあふれている。

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写真:朝野耕史 編集・文:志馬唯