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REPORT

アメリカまで行った日本一のサーファーが、田舎で暮らしてみて感じること

全日本サーフィン選手権大会チャンピオン
渡邊圭さん

2017年8月に開催された、
全日本サーフィン選手権大会。

50年以上の長きに渡り、
国内アマチュアサーファーの頂点を決してきた
この大会のシニアクラスを制したのは、
海のあるちいさなまちでヘアサロンを営む美容師だった。

若いころに渡米し、スタイリストとして腕を磨きながら、
ずっと続けてきたサーフィン。

彼の人生の軌跡を追うとなぜか、
その節々に、田舎暮らしの魅力がすこしずつ見えてきた。

関東、関西からもサーファーたちが集う遠州灘。眺めのいい海岸沿いにある駐車場で、普段着からあっという間にウェットスーツに着替え、彼は言った。「海まで行かなくても、スマホアプリで天気と気圧配置を見ればいい。便利ですよね、現代科学って(笑)」。

国内アマチュアサーファーのトップ・渡邊圭さん。波に乗る日はどうやって決めるのか、という質問への答え。天気はあいにく、空をグレイで塗りつぶしたような曇天だったけれど、その気取らない口ぶりのせいか、彼の周りだけさわやかな風が吹いているみたいに思えた。

かるい準備運動を終え、「じゃあ、いってきます」と手の平をこちらに向ける。日本チャンプであることを微塵も感じさせない、柔和な人当り。颯爽と小走りで海に飛び込むと、パドリングでスイスイと沖まで。そこでしばらく静止したと思ったら、急にあるポイントに向かいはじめた。「あ、ここにいい波が来るなって、なんとなくわかるんです」。

サーフボードで波を穿ち、しぶきを上げ、獲物を捕らえた水鳥のように跳ね上がる。一瞬、海に消えると、また次の波を求めて、滑るように沖へと向かっていく。子どものころから慣れ親しんだ遠州灘で、間断なく繰り返されるライディング。「何を考えてるかって……波の具合とかですかね(笑)」。ほぼ無心。そして、夢中。それはサーフィンをしない私たちにとっては、日常からかけ離れた時間だ。波乗りをはじめたのは中学生だというから、もう20年以上、彼のライフサイクルにはこの非日常的な時間が組み込まれている。きっとその事実は、彼のさわやかな人格形成とも、無関係ではないのだろう。

「日本では資格を持ったらプロみたいな認識だけど、海外はそれで生計を立ててこそプロ。ぼくは美容師でメシを食ってるので、サーフィンのプロになることはないけれど、資格だけのプロには負けたくない。ずっとそういう気持ちでやってきました。職人気質……なんですかね(笑)」

彼は優秀なサーファーであるが、本業は美容師だ。そしてその経歴もまたユニーク。実家は曾祖母から3代続く美容院。御前崎の中・高で青春時代を過ごした彼自身も、美容の専門学校を卒業し、親の勧めでカルフォルニアはサンタモニカにある、現代美容のスタンダードを築いた巨匠ヴィダル・サスーンのアカデミーへ。

「ロンドン、っていう選択肢もあったんですけど、西海岸が近かったので『あ、サーフィンできるな』と思ってアメリカにしました(笑)」

資格取得が目的の日本の専門学校とちがい、年齢も国籍もバラバラな彼の進学先は、テクニックの醸成に徹底的に重きを置いていた。アカデミーは単なる学校ではなく、実際に客を取る超大型の店舗だった。フロントは客のヘアスタイルをカリキュラムに沿って割り振り、生徒たちはカウンセリングからカット、スタイリングまで、1年中サロンワークに奔走する。資格取得の勉強はせいぜい最初の2週間ほど。その技量の高さがわかるエピソードがある。「成績のいい生徒は、外部から研修に来てるプロの美容師を指導したりするんです」。

そこを首席、つまりトップスタイリストとして卒業し、帰国後は、青山の超有名サロンの副店長が静岡市にオープンした店に就職。「都内の有名店、ハイレベルな店だと、店長、副店長クラスに直接教えてもらえるようになるまでに時間がかかるじゃないですか。だったらそっちの方が早いなと思って」。ふつう若者なら、都会への憧れやネームバリューに惹かれて東京のサロンを選ぶ。しかし彼は、アメリカでの経験がそうさせたのか、より自分の技術をスピーディに、確実に伸ばせる場所を選んだ。

合理的な道を歩んできたように見える彼が、都会である東京や静岡市などの都市部ではなく、地元の御前崎で自分の店をオープンさせたのはどうしてなのだろうか。開口一番に出たのは“子ども”だった。

「自分一人ならいいけど、子育てするってなると、都会じゃまったくイメージがわかなかったんですよね。アパートの隣に住んでいても、大人同士で『おはようございます』って挨拶すると、何この人? みたいな顔をされるし。そういう環境で子どもを育てたくなかったのが、まずひとつ。あとはちょっと大げさかもしれませんけど、地域貢献というか、田舎の人でも都会みたいにカッコよく、カワイクできたらいいなと。サーフィン? それももちろんあります(笑)」

都会で、それも海外まで行って何某かの技術を養ってきた若者が、きちんと地元に帰ってきてその技術を還元する。これに勝る地域貢献はそうはない。実際にいま7歳と3歳の子どもを育てている彼に、カルフォルニアや国内の都会と比べて、御前崎の暮らしをどう感じているか聞いてみた。

「特にお金がかかるようなこともないし、このまちは子どもの医療費が無料だし、別に不自由だと思ったことはないですね。むしろ自然が近くて、息子たちの遊び方がゲームばっかりにならない。困ったら海に行って、棒ふり回したり、石コロ投げたり。それに、外に出たから気付いたこともたくさんあります。新鮮な魚や肉や野菜があって、食べ物がおいしいとか。御前崎は両側を海に囲まれていて、地元に暮らしていたらふつうだけど、そんなところなかなかない。海から朝陽が昇って、また海に夕陽が沈む。それだけで、気持ちいいなぁーって」

サーファーとしては今後、子どもたちに指導できる場づくりをすこしずつしていきたいという。そして美容師としての目標は、店を長く続けること。「やってみてわかったのは、何かをはじめるのはむずかしいことじゃない。むずかしいのは継続だ、ということ。だからウチの親もそうですけど、長年やってる美容院とか、本当、スゴイなと思います」。

いつも周りへのリスペクトを忘れない。それこそが、華やかな経歴を重ねても、サーフィンでチャンピオンになっても、彼がこの田舎町で心から楽しそうに暮らしている、大切な理由のひとつに思えた。

写真:松本幸治 文:志馬唯

アークヘアーサロン

  • 御前崎市白羽5373-2
  • 0548-63-5003
  • 営業時間:9:00~19:00
  • 定休日:毎週月、第1火、第3日