「旅するように、お茶をする」。何かが生まれる古民家カフェ
〈お茶の間カフェゆう〉店主

“古民家”カフェと銘打ってはいるけれど、
目印となるブルーの屋根した民家は
どちらかというと“ちょっぴり古め”。
そこは、ゆっくり流れる時間と、
センスよく揃えられたアンティーク、
そして人によろこんでほしいという
店主の思いが詰まった、
とても居心地のいいカフェだった──。
Episodes
1.かろやかに、おだやかに
2.人と人がつながるお店
「いらっしゃいませ」と、よく通るやわらかい声で、確かに彼女は言った。
それを一瞬「おかえりなさい」かと錯覚したのは、あまりにノスタルジックな玄関の雰囲気のせいと、何よりそのトーンに、客人をもてなそうというやさしさがこもっていたから。―ついつい、「ただいま」と、言ってしまいそうなほどに―。
1.かろやかに、おだやかに
デニムのエプロンをまとった店主の河田恵美さんに促され、すーっと開けたガラス張りの格子戸は、不思議な空間への入り口だった。
「田」の字型に並んだ4つの8畳間に、小気味よくレイアウトされたアンティークや古い日用品。ブラウン管式TV。ちゃぶ台。皮張りのソファ。錆びついた扇風機。古本に古時計。年代物っぽいコーヒーミル。シカの置物。タイプライター。黒電話。もろもろ。雑然と配されているようでいて、部屋ごとにゆる~いコンセプトみたいなものがあり、妙に均整がとれている。
たとえば、懐かしい昭和の家庭の居間“風”。くつろげる囲炉裏のある旅館“風”。ソファと背の高いテーブルでしつらえた和モダン“風”。それらをつくり込み過ぎるのではなく、あくまで“風”でとどめているところに、なるべくたくさんの人にとって居心地のいい空間でありたいという思いが見え隠れして、好感が持てる。
それに、河田さんの持つ若い女性特有のかわいらしさみたいなものが、そこはかとなく散りばめられていて、アンティークの重厚な雰囲気をかろやかにしているのが、またイイ。
「50年くらい前のもので統一してるんですよ」
店をオープンさせる前、1年かけて国内外から買い揃えた骨董品たち。幼いころから「よく笑うね」と友人にからかわれてきたという、笑顔を絶やさない河田さん。縁側のガラス戸から射しこむ、まばゆい午後の光。それらが織りなす、おだやかな光景。外界から遮断されたように、ゆっくりと時間が流れていく。
「こんなにあるなら売ればいいのに、ってよく言われるんですけど、それぞれ思い入れがあるので、売れるものはないんです(笑)」。旅が好きと言う彼女の過去に、しばし耳を傾ける。
河田さんの旅のエピソードには、心躍るものがあった。古い家並みがたくさんのこっているまちには、掘り出し物がリーズナブルに買える古道具屋がけっこうな確率であること(彼女の場合、その最たる場所は倉敷にあたる)。ボランティアや友人のツテをたどり、東南アジアを3ヵ国ほど経由してから帰国したこと。こんな場所をつくってみたい、と彼女に思わせた、無人駅の古い駅舎をそのまま活かした素敵なカフェが南阿蘇にあったこと。
「そこでは、家族連れで来ていた子どもとたまたま居合わせた若いお兄さんが、ホントの親子みたいに廃線になった線路を駆けまわって遊んでいたり、おじいちゃん同士が一緒に楽器を弾いて楽しんでいたり、なんかあったかい空気があって……そういうのがとってもステキだなぁって」
彼女の声は、聴いているこっちまでうれしくなるくらい、かろやかにはずんでいた。
2.人と人がつながるお店
3種類あるランチから2種類をチョイスし、それを待つ間にずいぶんくつろがせてもらった。「けっこうみなさん、2、3時間ゆっくりされるんです」。その客たちの気持ちが、十分に理解できた。骨董品を一つひとつ眺めながらそれぞれの過去にぼんやりと思いを馳せるのは、どこか旅をすることに似ている。
タタミに直置きされた電気式でないストーブが部屋を暖めきるころ、注文したカレーと彼女のお母さんが手づくりしたベーグルを使ったベーグルサンドが運ばれてきた。
御前崎のなまり節を使ったカツオが決め手の「ゆうカレー」は、よそで食べたどのカレーともちがう魚の深くてやさしい味わいとトマトがばっちりマッチしていて、とっても美味だった。地産のシラスを使った「ゆう隣丼(ユウリンドン)」とベーグルも捨てがたい。料理は得意じゃないんです、と謙遜していたが、リラックス目的ではなくきっと食事目当ての客も多いのだろう。
「どうしてもカフェがやりたかったわけではないんです。ただ、みんなの、いろんな人の気軽に集まれる場所をつくりたかったんですよね」
彼女がそう思うようになったのは、故郷の御前崎をはなれ10年とすこし過ごした、愛知での経験が由来となっている。
「愛知で仲良くなった方のつながりで、プロのミュージシャンとか画家、『自分はこれだ』って誇れる何かを持つ人たちが集まるコミュニティに顔を出させてもらうようになって。その延長で、それまではやりたいことなんて何にもなかった私にも、やりたいこととか趣味とかがたくさんできて、人生がとっても楽しくなったんです。だからここでも、いろんな人たちをつなげていって、自分のプラスというか楽しみみたいなものを見つけてもらって、みんなの毎日がちょっとでも豊かになったり、笑顔が増えればいいなぁって思いでやっています」
オープンから2年を迎えた2018年3月に、河田さんはカフェ営業を日曜と月曜の2日間に絞った。空いた時間を活かして、これからはもっと人と人との交流が生まれるイベントスペース的な展開を模索していくという。
もともと西欧での「カフェ」は、アーティストや小説家などが集う文化発信基地的な役割を持っていた。これからの〈カフェゆう〉も、もしかしたらこの地においてそんな役割を担っていくかもしれない。けれど、きっといつも笑顔の河田さんのことだから、けっして肩肘張らずに、どこかにどんな人でも訪れやすい“ゆるさ”を残したまま、居心地のいいコミュニティをつくっていくのだろう。
あいかわらず誰かのドラマが詰まったアンティークを集めながら、おいしいカレーの香りとともに。
※〈お茶の間カフェ ゆう〉は、2018年5月6日をもって閉店しました。店主の河田さんは拠点を移し、これまでの思いや夢はそのままに次の道を歩みはじめています。今後の彼女の活動にご期待ください