その一皿から広がる、食の楽しみ、暮らしの豊かさ。
齋藤 華乃子さん

都会で得た専門的な知識や技術を、
地元に帰り、伝える。
そんなUターン者の理想のケースを体現しているのが、
料理教室〈tetote〉の齋藤華乃子さんだ。
たくさんの笑顔。
おいしい料理。
そこから広がる、豊かな暮らし。
その料理教室には、
想像以上にたくさんのことが詰まっていた―。
食は一生続くテーマ。
だからこそ伝えたい、大切なこと。
そのクッキング・スタジオは、心地いい潮風が吹く高台にあった。ムダのない直線だけの、可愛らしいギフトBOXのようなキューブ状の外観。入り口側の壁と、反対側の海側の壁はどちらもガラス張りで、カーテンさえ開いていれば、通りからきらめく青空を望むことだってできる。
ここで料理教室〈tetote〉を主宰しているのが、齋藤華乃子さん。このモダンなレストラン、あるいはアートギャラリーと見紛うスタイリッシュな空間は、なんと彼女の自宅でもある。
「もともと料理教室をしたくて建てたので、パブリックなスペースを広くしています。窓を開けるとウグイスの鳴き声が聴こえたりして、気持ちいいですよ」
明るく、よく通る声でそう話す齋藤さん。見渡すと、揃えてあるキッチン道具から、本や花などのインテリアまで、しっかり統一感があって、訪れる人をもてなそうという彼女の丁寧な姿勢が伝わってくる。
この気持ちのいいもてなしのセンスしかり、料理教室の講師という職業しかり、都会育ちの人なんだろうなと思っていたら、「生まれも育ちも御前崎ですよ」と齋藤さん。聞くと、東京で長く暮らしていたようだ。ずっと、地元で料理教室がしたかったのだという。
「ここは自然もたくさんあって、すごく豊かなんですけど、休みの日にすることといえば、友達と会っておしゃべりするとか、公園に行くとか。それはとてもいい時間だけれど、もうちょっと自分磨きというか、女性が家族のためではない、自分のための時間があってもいいのかなと。そんな思いもあって」
tetoteは4人までの少人数で、完全予約制。1回のお試しから気軽に参加できる。毎週来る人、月に2回ほどの人、数か月に1回、たまに顔を出す人。それぞれの暮らしのスタイルに合わせて親しまれている。それでも月に100席ほど利用されているというから、年間で相当な数の人が訪れていることになる。暮らしの身近にある、スーパーで買える食材でつくる、という齋藤さんならではのこだわりと、和洋中にパンやケーキまで学べる幅の広さも、その理由のひとつだろう。
齋藤さんに、どうしてこの職業を選んだのか、理由を尋ねてみた。
「高校生のある時期に食べ過ぎて、ダイエット料理の本を手にしたのがきっかけですね。それで母のつくる家族の食事とは別に、自分だけの献立を料理するようになりました。すると数か月後に『料理だけでこんなに身体って変わるんだな』って実感できて。そのときに、ああ、私、料理の道に進みたいなって思いました」
それから彼女は栄養士の資格を取るべく、猛勉強して大学へ。さらに学生時代にアルバイトした飲食店で接客の楽しさを知り、栄養士ではなく料理教室の会社に就職した。
「よく、どうして飲食店じゃなかったんですか? って聞かれますけど、わたしは自分の料理を人に食べてほしいというより、おいしく食べる方法を直接伝えて、その方がお家で食を、外に食べに行くのとはまた別の食の楽しみ方をしてもらえたらいいなって思ってるんです。だからお店という選択肢は、最初からありませんでした。大学は栄養士になろうとして行きましたけど、料理教室なら伝えることも接客も両立できるなと気づいて」
ただ料理を学ぶのではなく、食をきっかけに、暮らしの新しい楽しみを見つけてもらう。それが齋藤さんの目指しているところだ。tetoteのインスタグラムを覗けば、お洒落なレストランのように美しい写真が並んでいる。無理をしてお洒落にしなくてもいいけれど、せっかく料理をつくるのだから、どうせならワクワクできるほうがいいという、彼女の思いがここにも表れている。
「見栄えも良くて、お家できちんと再現できる、というのを自分のテーマにしています」
家庭料理でも、盛り付けやちょっとしたひと手間でここまで変わると伝えたい。そう話す齋藤さんの生徒たちは皆、習ったメニューをちゃんと自宅でも料理する人が多いのだという。もっと料理がしたくなったとか、家族に褒められたとか、ウチの定番になりましたとか。そんな声を聴くのが、齋藤さんの仕事のモチベーションでもあるようだ。
「『食』って、生きてる限りずっと続くじゃないですか。特に女性は、毎日料理しないといけない。それが苦になったり面倒だったりするより、楽しくできたほうが絶対いいですよね。インスタのハッシュタグにも付けてるんですけど『食から始まる豊かな暮らし』っていうのが、ここ数年の私の中のテーマになっていて。食をきっかけに、自分の時間も、家族との時間も、いろんなことが豊かになっていくきっかけになれたらいいなって、そう思っています」
終始笑顔でそう話してくれた齋藤さんは、その一皿にたくさんの思いを詰めて、料理を教えている。居心地のいいカフェのような、海を見下ろす丘の上の料理教室で。