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Sea Life Story's vol.21

あの人の好きな場所へ― 花と緑に包まれるショートトリップ ―御前崎編

あの人の好きな場所へ― 花と緑に包まれるショートトリップ ―御前崎編

故郷に定住し、
まちの景観をきれいにしようと
花を植えつづけている女性。

新天地へ移住し、
まちの新しい可能性を引き出そうと
魅力の種を探している男性。

そんな対照的なふたりに、
おなじ質問を投げかけてみた。

「あなたのまちで、いちばんのお気に入りはどこですか?」

返ってきたのは、どちらも自然の美しいスポット。
御前崎には、このUMICOで取り上げていない魅力が
まだ隠されているようだ。

おなじまちを、ちがう視点で味わう、
人と風景に出逢うショートトリップへ。

御前崎エコパーク/山本貴美枝さん

暗い森から憩いの場へ。
20年の時を経て、400種の花々が咲き誇る

灰色の冬空から、雨が降りだした。ちいさな花壇に植えられた、色とりどりのパンジーの花びらが濡れる。コートにすっぽりくるまっていても、凍えそうな朝。雨粒に打たれながら咲く花の愛らしい姿に、心身が、ほんのすこしだけ緩む。

「これはね、県内の大手企業さんが植えてくれたの」

黒い傘をさした山本貴美枝さんが、うれしそうに微笑んだ。彼女が会長を務める「御前崎エコクラブ」がこの地で植樹活動をはじめたのは、もう20年以上前のこと。地道な功績が讃えられ、2019年には緑綬褒状を授与された。“世紀の植物(Century Plants)”と呼ばれる、花が咲くまでに30~50年かかるといわれている多肉植物のリュウゼツランが、10年前からほぼ毎年開花していることも相まって、その活動がメディアを含め、世間の耳目を集めてきている。

「私たちは買ってきた花じゃなくて、自然の球根というか、冬に咲いて、春になったら枯れて、実がなると鳥が来るとか、そういう自然な管理をしているんです。基本は個人のボランティアだけど、なかにはこうしてね、企業さんで8、9年も続けてくださっているところもある。1回なら手軽にできても、継続するのは大変ですから。本当にありがたいですよね。」

御前崎港やビーチからほど近いこの一帯は、いまでこそ25,000㎡(野球のグラウンド2つ分相当)の敷地に400種以上の草花が植えられ、〈御前崎エコパーク〉というキャッチ―なネーミングで親しまれているが、もとは近隣住民すら不気味がって寄り付かない、鬱蒼とした雑木林だった。

「夜になると真っ暗で、おどろおどろしくてね。近所にそんな場所があるなんて、淋しいでしょう? だから綺麗にしましょうってことになって」

自治体と地域住民のボランティアによってはじまった美化活動は、ちいさな池を再生することからはじまった。会員は40名ほどいたが、ほとんど予算はない。そこで使わなくなったビニールを活用し、ビオトープをこしらえた。仕事や家事の合間を縫って作業できる人が集い、すこしずつ植樹の範囲を広げてきた。大人の背丈以上もある、直線にして500mもの敷地にあった雑草も、無作為に暗い影をつくっていた雑木も、山本さん夫婦が日課のようにしてほとんど伐採したそうだ。

「『もっと綺麗にならないの?』なんて言う人がいるけど、これだけの広さを管理するのは人手もお金もかかるし、はじめっから、ここは道路にして、花壇にしてって、デザインや計画があったわけでもない。漁船のロープとか、そういう廃材なんかを貰ってリサイクルしながら、そのときできることをやりながら、自然の流れでこうなってきたの。それで一時期、『あそこに持っていきゃ、何でも貰ってくれる』ってウワサになったりもしたけど(笑)」

公園の休憩スペースには、エコパーク内で見られる花々の写真が飾られている

旅行と冠婚葬祭でもなければ、ほぼ毎日ここに来て作業をしているという山本さん夫妻。しとしとと雨が降り続くなか、エコパークを案内してもらった。

「冬は花がすくないんだけど、キルタンサスとか火まつりとか……。それがオリヅルラン。これからの季節は沈丁花が綺麗で……、こっちが奥飛騨で5年前に買ってきたバナナの苗、そっちの山桜は鳥がタネを運んで来てくれたの。吉野桜や河津桜もあるんですよ。それから藪椿、乙女椿。あれが日本でも最大のドングリの実をつけるクヌギで、子どもたちに人気。あ、その腰掛はお父さん(※ご主人)がつくったのよ。そこからフジバカマで、多肉植物のコーナーが向こうに……」

途切れないリズミカルな案内に、20年の歳月を思う。夾竹桃の伐採のとき眼球に樹液がかかって、失明しかけたこともあったそうだ。世界中を歩いて旅している人が訪れてきたり、マウンテンバイクで日本縦断している青年が訪ねてきたり、インドネシアの留学生が作業を手伝ってくれたり。さまざまな出来事と出逢いが日々繰り返され、その間も一つひとつ手作業で草花の種や苗を植えてきた。産まれたばかりの子どもが成人するのと、同じ時間をかけて。

山本さん夫妻。この休憩小屋も、ご主人による手づくり。

「よく、どうしてそんなに続けられるの? って聞かれるけど、もうね、意地でやってるだけ(笑)。あとは、花が好きだから。家族や親戚、ご近所さんや生け花の仲間だけでスタートしたけど、人の輪が広がってきたのはうれしいね。思いを持って行動すれば、たくさんの人がチカラを貸してくれる。自然に役割分担も生まれて、新しい花壇をつくろうとなれば大工さん、設計する人、植物に詳しい人、いろんな人が寄り添って力を合わせて、カタチができてくる。そういう流れが“まちづくり”の原点だと思うの。そこに“思い”があるから、長く続けられる。これまでいろんな人と関わるようになって、家でぼーっと暮らしてるのに比べたら、何倍もよろこびをもらったから。それでもう満足。感謝しなくっちゃねぇ」

小鳥たちが雨宿りをしにきたのか、辺りの樹々からさえずりが響いてきた。海岸のすぐそばなのに、まるで実り豊かな山奥にいるような清々しさが、ここにはある。誰も寄り付かなかった暗い森など、もう影も形もない。いまでは立派な、市民の憩いの場となっている。

天気こそよくなかったけれど、御前崎エコパークで過ごしたわずかな時間は、とても晴れやかな気持ちにさせてくれた。

あらさわふる里公園/金井泰士さん

「デザインで、魅力をもっと幅広い世代に」。
まちを一望できる見晴らしのいい公園。

展望台の駐車場で車から降りると、「おお」と思わず感嘆するパノラマビューが広がっていた。

「友人が遊びに来たら、ここに連れてきますね」

地域おこし協力隊として、御前崎に移住してきてまだ数か月。デザインを生業にしてきた金井泰士さんのその言葉が、どこか誇らしげに聞こえたのは気のせいだろうか。知らずのうちに、すでにこのまちへの愛着がわいてきているのかもしれない。

「御前崎といえば、砂丘や灯台の話がすぐ挙がりますけど、ぼくはここがいちばん感動しましたね」

見渡せば、あちこちに山霞がたなびき、のどかな雨上がりの田園風景を、いっそううつくしくさせている。牧之原台地の入り口にある〈あらさわふる里公園〉。なるほど。確かに心地いい。海の眺望にはすべてを忘れさせてくれる雄大さがあるけれど、山からの眺望は、ぽつりぽつりと民家があって暮らしが垣間見える分、郷愁を誘うよさもある。

都会でデザイナーとして活動していた金井さんは、どうして地域おこし協力隊になったのだろうか。

「特段、田舎に住みたかったわけではないんです。もっと実戦的というか、事業的なこと、地方のお土産品とかに興味があったので。パッケージを含め、ブランディングをしてみたいなと考えてはいました。でも、それは待っていてもしょうがない。どこにいても仕事ができる時代だし、自分で動いていけばいいじゃん、と思い立ったんです」

〈あらさわふる里公園〉の展望台の下には、茶畑が広がっていた。そこからさらに下ると、公園のメインスペースがあり、バーベキューテラスや農産物の直売所、日替わり定食が人気の食堂、芝スキー場やトンボ・メダカ・野鳥の観察などが楽しめるビオトープまで完備。自然のテーマパーク、というフレーズがしっくりくる。春には梅や桜が見ごろを迎え、四季を通してシャクナゲ、ミヤマツツジ、サツキ、アジサイ、サルスベリ、水辺ではハナショウブやスイレンなど、多様な花を鑑賞できる。

公園を歩きながら、話の続きを伺った。移住地を御前崎にした決め手は?

「一言でまとめるなら“ほどよい”。自然がしっかりありながらも、すこし時間をかければ都会にも行けるし。仕事は室内でPCをつかうだけなので、都心にいたころと変わってない。でもネットワークをしっかりつくっておけば、月に1、2回は仕事のご縁で東京や名古屋に行ったりできる。その生活スタイルが、今はちょうどいいですね。それに調べてみれば歴史はあるけど、まだまだ未開拓なジャンルがあって、新しいことをやりたい人にとっては、可能性があるまちだと思います。あ、カツオがおいしいのは、魅力のひとつですね(笑)。スーパーで買ったお刺身がすごくおいしいのには、おどろきました」

御前崎に移住してきてから、縁あって、いろんなフィールドで活躍する人たちに引き合わせてもらったという金井さん。なかでも都会でDJを経験し、地元にUターンしておいしいレストランを営む〈清水食堂〉さんや、地産の食材をアイスにして人気を博している〈イタリアンジェラート・マーレ〉さんのように「自分の表現したいことを、地域と絡みながらやっていくこと」に、興味を惹かれているのだという。

「いま注目しているのはサツマイモですね。御前崎は切り干し芋発祥の地というバックボーンがありますから。でも現状では、切り干し芋以外の新しいアイデアで商品化されたサツマイモを、御前崎ではあまり見かけない。そこにチャンスがあるのではないかと感じています。東京の銀座に壺焼きの焼き芋専門店があるのですが、たとえばおなじ焼き芋にしても、そういう角度のちがったアプローチで形にしていければ、幅広い世代に魅力を伝えていけるのかなと。栄養価もすごく高くて砂糖なしでも甘いから、健康志向の人にもウケるでしょうしね。地場のものをちゃんと生かして、地域外の人にもよろこんでもらえて、遠方からでも足を運んでもらえるようなものを、これからつくっていきたいです」

いつの間にか雨は上がっていた。雲の切れ間からのぞく夕陽が山向こうの靄と絡みあって、幻想的な風景をつくりだしている。エコパークの山本さんと、地域おこし協力隊の金井さん。いわばこのまちに住むベテランとルーキーを訪ねた短い旅は、御前崎の自然の美しさ、雄大さにふれる旅でもあった。

1年後、3年後、5年後に、エコパークにはどんな植物が増えているだろうか。金井さんはサツマイモをどうブランディングしているのだろうか。それを確かめに、また訪れたい。

写真:朝野耕史
編集・文:志馬唯